読書

世界最初の長探編偵小説と言われる「ルルージュ事件」を読んでから、子供の頃に読んだはずだったのですが、一行も思いだせないくらいに忘れていた「ルコック探偵」も再度読んでみたくなったのですが、本作はまさかのルコック0(ゼロ)とでも言うべき物語でした。

Wikipediaで見る限りルコックが登場する作品では最後に発表されたようですが、今まで詳しく描かれなかったルコックがいかにして警察内で出世したかが書かれていました。
まずは自分流のあらすじです。

ある夜シュパン女将が営む酒場から叫び声が聞こえ、突入したジェヴロール警部率いる警官隊は倒れた三人の男とピストルを手にした凶暴な男を発見する。男は取り押さえられ、事件は単純な喧嘩による殺人事件と思われたが、若き警官ルコックは事件現場に残された証拠から、その裏に重大な秘密が隠されていることを見破り、予審判事セグミュレ氏の下捜査を開始する。
しかし、ルコックが考える以上に目に見えぬ強大な力とナポレオン時代から続く因縁とが、彼の捜査の進展を阻むことになるとは考え及ばず、挫折を感じたルコックはタバレにアドバイスを求めるのだった。

ルルージュ事件、オルシバルの殺人事件、ファイルナンバー113とルコックが登場するガボリオの作品を連続して読んできたのですが、本作はそのうちでも最高傑作ではないかと感じました。
革新的な新基軸や驚くような仕掛けなどがあった訳ではありませんが、随所で冴え渡る筆が読むものを惹きつけてやまない素晴らしさでした。まさに脂ののった時期だったのかも知れません。
ガボリオのストーリーテラーとしての才能は、あの江戸川乱歩や宮崎駿を惹きつけた「幽霊塔」などを翻訳(翻案)した黒岩涙香が多数翻案のネタ本として選んでいることからも窺われるのですが、これまでの作品のパターンは維持しつつも、続きが気になって仕方ない展開が素晴らしいと思ったのでした。
あとがきにもあったのですが、当時の新聞小説として連載していたガボリオの作品は一定の様式が必要だったらしく、毎日決められた原稿分量の中で山場が必要だったようですが、これまで読んだ作品はすべて以下の共通要素がありました。

  • 事件が起こり、ルコック等の探偵が調査を始めるが途中でつまづく
  • 必ず貴族が登場する
  • 必ず恋愛が絡む
  • 過去の因縁話と結びついた事件であることが判明し、過去の話が続く
  • 最後に探偵が謎を解き明かす

これらの要素は今回も踏襲されています。
しかし、本作までは過去の話に移る時に探偵が「調査した結果の再現」のような形で過去の物語が語られ始めましたが、今回はもう面倒になったのか(笑)、途中から過去の話が遠慮なくいきなり始まって、もうルコックのルの字も最後の最後になるまで出なくなります。そうなるだろうな、とは思っていましたが、これら周知のパターンにも面白さの度合いは少しも減りませんでした。

ただ、最初事件の唐突な始まり方は若干違和感を覚えました。
というのも、まるで事件が起こるのを予感しているかのようにジェヴロール警部が警官隊を率いて事件現場にまっすぐ向かい、事件の発生直後にいかがわしい酒場の女将シュパンの悲鳴を耳にして、現場にほぼリアルタイムで駆けつけるのです。
これだけでも違和感がありましたが、事件そのものはならず者が三人死んだに過ぎないのに拘束済みの殺害犯人の正体を追求することこそが目的のようになっていて、それでいいのだろうか?と思ってしまいました。単純な喧嘩を発端にした殺人事件であるかのように思われた裏に秘密の匂いを嗅ぎつけた若きルコックが、野心に燃えて謎を追求し始めると言う流れは分からないでもないですが。

それでも、先へ進むとそのようなことは気にならなくなります。事件そのものに関する推理成分は決して多くないとは言え、ルイと名乗る殺害犯の正体を探るための丁々発止の駆け引き、逃走するルイを追跡するシーン、そして消えた犯人。
そして、ルコックはついに手がかりを失い、ルルージュ事件で主役を張ったタバレに助けを求めます。
ここでいままで正式に語られることがなかったタバレとルコックの師弟関係が確立するのですが、ルコックはタバレのアドバイスによって再起を誓い、その後一気に怒涛の過去話へと突入します。
この過去話、今まで読んだ中で最もスケールが大きく、ナポレオン時代から王政復古の貴族と民衆の対立を含めて、三角関係どころか四角五角の恋愛模様の中で復讐と陰謀、友情と名誉が入り乱れて展開する濃密で複雑な展開に惹きつけられました。
それにしてもガボリオの登場人物の配置の巧みさには恐れ入るものがあります。あとがきに書かれた「ガボリオが原稿を一枚書くたびに、メッセンジャー・ボーイが印刷所へ運んだ」というエピソードを考えると、プロットを充分に練っている時間があったとは思えないのに、このような人物相関図と怒涛の展開をスラスラと生み出す才能には恐れ入ります。

最終的にこのドラマチックな過去話が冒頭の事件に収束され、例によって探偵小説としては食い足りない終わり方をするとは言え、それぞれのエピソードが面白いので許せてしまいました。
何度も言うことになってしまいましたが、これほどのストーリーテラーはなかなかいない。ガボリオは、もっと見直されて良い作家なのではないかと思わせる傑作でした。

お勧め度は文句なく「とてもお勧め」です。

同じくガボリオの「オルシバルの殺人事件」に続いて、牟野素人氏による超サービス価格108円で思わず購入してしまった「ファイルナンバー113:ルコックの恋」の感想です。
今回読み終わるのに少々時間がかかってしまいましたが、また感想を書きたいと思います。

…続きを読む

ルルージュ事件が意外と面白かったので、もう少しエミール・ガボリオの作品を読みたいと思ってAmazonで検索したところ、なぜか100円(税抜き)という驚きの価格で販売されている作品がありました。それが「ファイルナンバー113:ルコックの恋」と本作品でした。
しかし、翻訳者の方が馴染みのない名前。100円という価格もあって本当に大丈夫かな?と思いながら読み始めました。

…続きを読む

前回設定がずさんで期待はずれのパオロ・バチガルピ「ねじまき少女」なんか読んでしまったために、口直しをする小説を探していました。
そこで、去年から今年にかけてクリスティ作品のいくつかが映像化された(「そして誰もいなくなった」(「アクロイド殺し」こと)「黒井戸殺し」やマープル役が出ないマープルもの)ことに刺激されてもいたので、久しぶりにクリスティを読んでみようかなと思いました。
「オリエント急行殺人事件」で意表を突かれ、「そして誰もいなくなった」で唖然とし、「アクロイド殺し」や「ABC殺人事件」でひっくり返った経験から、クリスティの作家としての技量は素晴らしい!本当に小説の醍醐味を感じさせてくれる作家だと常々思ってはいましたが、実は主要作品以外それほどたくさん読んでませんでした。
そこでこれまであまりマープルものは読んでいなかったので、既読の作品は飛ばして、できれば発表年代順に全部読んでみようかなと思いました。
ミス・マープルものの長編は「牧師館の殺人」から始まり、「スリーピング・マーダー」(実際は最後に書かれたミス・マープルものではないそうですが)で終わる全部で12冊。うち既読は「牧師館の殺人」「予告殺人」「スリーピング・マーダー」の三冊。残り9冊読むのはなかなか辛かったですが、元々クリスティの作品はサクサク読めるので、読むのが遅い自分としては割と早く読み終えたと思います。

…続きを読む

この作品は独特の時系列も場所も登場人物も区切りなく混じり合う文体になっているので、最初混乱します。そのため、感想だけでなく登場人物や舞台をまとめてみました。しかし、ジグソーパズルが次第に解けていく過程を楽しみたいなら、この続きは読まないことをお勧めします。(激しくネタバレもします)
それから、ラテンアメリカの作家の作品ですが、マジック・リアリズムのカテゴリに入る作品ではないので、その点については期待しないようにしましょう。

…続きを読む

トマス・ハリスの「レッド・ドラゴン」(新訳版)を読みましたのでその感想を書きたいと思います。
ただし、この作品を読もうと思っている人は(ネタバレはしない程度に書いたつもりですが)以下の私の感想や他のレビューは読まないことを強くお勧めします。

…続きを読む

平山瑞穂氏著「愛ゆえの反ハルキスト宣言」という本を図書館で見つけました。
冒頭だけ読んだのですが、この本に書かれていることがまさに自分とそっくりで膝を叩いて快哉を叫びたくなりました。
そのまま借りて全て読みたかったのですが、涙を呑んで思い留まったのは最新の「騎士団長殺し」までを網羅してネタバレを含んで書かれているためでした。
自分で全部読んでない本を紹介するのは躊躇われるのですが、村上作品を全て読んでいる、またはネタバレを恐れない同じ思いの同士に向けて書きたいと思います。

…続きを読む