エミール・ガボリオ「オルシバルの殺人事件」の感想

ルルージュ事件が意外と面白かったので、もう少しエミール・ガボリオの作品を読みたいと思ってAmazonで検索したところ、なぜか100円(税抜き)という驚きの価格で販売されている作品がありました。それが「ファイルナンバー113:ルコックの恋」と本作品でした。
しかし、翻訳者の方が馴染みのない名前。100円という価格もあって本当に大丈夫かな?と思いながら読み始めました。

結果としては翻訳はまったく問題ありませんでした。
フランス語が分からないので原作と比較はできないので訳の精度などについて評価する立場ではありませんが、多少の誤字脱字はあるとはいえ、整然と乱れのない文章で読書体験を損なう怖れは微塵もありません。過度に難解な漢字や言い回しを使用したりすることもなく、と言ってくだけすぎることもなく、紙の本としてどこかの出版社から刊行されていても不思議はないとと思います。
しかし、翻訳者の方のものと思われるブログをざっと見ても、どのような方なのか謎のままですね。

エミール・ガボリオ ライブラリ

さて、訳についてはこれくらいで、作品の評価に移りたいと思います。最初にあらすじから。

オルシバルの村で仲睦まじく暮らしていたトレモレル伯爵の屋敷が何者かに襲撃され、夫人の遺体が発見された。伯爵の遺体がまだ見つからぬ中犯人と思われる使用人の男が身柄を確保される。その男の犯行であることは明白であると思われたが、タバレの弟子たる刑事ルコックの登場により、新たな事実が次々と明らかになる。
伯爵夫妻の過去と、真犯人の誰か?ルコックの明敏な頭脳と密かに事情を知るプランタ治安判事が真相に迫る。

さて、今回もとても面白く読めました。
電子書籍なので長さが分かりづらいですが、たぶんルルージュ事件より長かったと思いますが、それでもすらすら読めました。
とは言え、冒頭の初期捜査は少々冗長に感じられました。若干くどいな、と。
しかし、本書ではルルージュ事件からさらに進化し、より本格探偵小説に近くなり、推理成分が大幅に増量されました。
探偵はタバレに代わってルコックが主役に躍り出ましたが、これもまたより本格的な探偵スタイルを作り出してきました。(なお、ルコックがルルージュ事件のチョイ役とは異なり、人格まで違うような、かなりのスーパー探偵に変貌を遂げているのに驚きました)
後の推理小説のお手本となったことが確かめられました。
物語の構成としては、先ほど述べたようにちょっと長い初期捜査とルコックのスーパー探偵ぶりがクローズアップされますが、間にこれもかなり詳細なドラマ部分が挟まれ、最後に犯人を追い詰める結末が描かれます。三部構成と言っても良いでしょう。
惜しむらくは、まだまだ本格探偵小説というよりドラマ優先であり、かつ犯人がドラマ部分の途中で確定してしまうので、相変わらず犯人が判明する瞬間のカタルシスを得難い点です。
最後の犯人の行動がルコックの思惑通りに進み過ぎる点も少々説得力に欠けるところがあります。ある意味偶然に頼っているとも言えるでしょう。(ただし、ここで決着のつけ方が、これも多分推理小説初のよくある処理方法を取っているのが興味深いと思います)

こう書いてしまうと、初期の探偵小説としてはまだまだ未完成な点が多すぎる作品と受け取られるでしょうけれど、ガボリオの面白さというのは人物描写にとても長けた作家であるために、非探偵小説としても面白く読めるところだと思いました。
ガボリオはそれぞれの登場人物の性格の設定と描写が上手で、リアリティはともかく物語の骨格を組み立てるのもうまいと感じました。実際性格や行動などの描写がテクニカルにうまいと思ったのは、ある人物の行動が突飛であっても類型的な「~のような人物は~なものである」といったようないかにもありがちなことと断言することで説得力を生んでいるところではないでしょうか?フランスの19世紀のお話ではありますが、なるほどそんなものか、と強引に納得させるようなところがあります。
推理小説として展開が二転三転するようなサスペンスがない分は登場人物の性格による行動と感情が、物語をどう動かすか分からない、揺らぎのようなものが、読者に先が読めない気分にさせる(結局は読んだ通りになりますが)のではないかと個人的には感じました。
このような筆力を持つ作者であれば、何作書いても盤石の安定感を保てそうです。
よって、またガボリオの作品を読みたいと思いましたが、それにしても100円でこのような長い作品の良質な翻訳を読めてしまうのは凄いことですね。
すでに「ファイルナンバー113」も購入していますので、続けて読みたいと思います。(ただ、Wikipediaを見ると同じ年に発表されているようですが、順番的には「ファイルナンバー113」の方が先に読むべきだったのかも知れません)


この作品を読むことで人生が変わるとか、感動で涙を流すと言った類の小説ではありませんが、前回と同じく古い作品に抵抗がない方は推理小説の進化の足跡を辿るという意味でもお勧めできる作品です。

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