パオロ・バチガルピ「ねじまき少女」は期待はずれ

多くのSF賞を総嘗めにしたというパオロ・バチガルピ「ねじまき少女」を読みましたので感想を。

はてさて、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞、ジョン・W・キャンベル記念賞、コンプトン・クルック賞とSF界の賞を総嘗めにするという快挙をなしとげた作品とのことで、(「レディ・プレーヤー・ワン」の)次(の映画化は)はコレかな?と邪な考えで読み始めたのですが、正直よくこれで一つでも賞がとれたな、と思ってしまいました。
とは言え口を極めて非難するほどの作品でもないし、読み続けるのが困難なほどメチャクチャ退屈でもなかったのですが、「聖なる都市バンコクは水没の危機にあって、世界的に遺伝子改変による病気の蔓延と食料危機、そして枯渇した石油の代替エネルギーはゼンマイ!」という一見新しそうな世界観も時代のスピードが早すぎるのか、はたまた自分の頭が古くなったのか分かりませんが、現代においてはさほど衝撃的に感じるものでもありません。
最初から過度な期待を持って読んだ訳ではありませんが、センス・オブ・ワンダーもSF的カタルシスも感じないこの程度の作品が持ち上げられるというのは文学賞自体のレベルが下がっているのではと危惧してしまいます。
以下細かい感想を書く前におすすめ度を書いておくと、「多くの方(特にSFファン)にとって"時間の無駄"なので読まないことをオススメする」です。
全然つまらなくもないんですけどね。

さて、情報量自体はかなり多い作品なので、最初に良かった点と悪かった点を整理してみましたが、良かった点はかなり無理矢理ひねり出したと言うのが本当のところです。
あらすじはAmazonなどを読んでいただいた方が良いのですが、世界観はSF的でも実際は政治劇みたいなものですから、あまり当てにならないかも知れませんので手短に書いておきます。
なお、Kindle版に較べて誤訳が多いらしいですが、紙の文庫版を読みました。

アンダースン・レイクは聖なる都市バンコクの雑踏の中遺伝子操作の失敗により蔓延した瘤病などに耐性を持つンガウと呼ばれる果実を発見し、その裏に天才的遺伝子リッパーのギボンズがいることに気がつく。改良型ゼンマイを作る工場を隠れ蓑に調査を開始したアンダースンは、その過程で地下クラブに雇われて隠れ生きる違法なねじ巻き少女エミコと出会う。
また、環境省の下絶大な権力を振るう白シャツ隊の隊長ジェイディーは通産省との対立の中で、やりすぎた結果妻を奪われ、自身も無残な死を迎える。
アンダースンから聞いたねじまきだけの領土に憧れるエミコが起こした事件の結果両省の対立は激化し、ついには内乱に発展する。
アンダースンの部下であった狡猾なマレーシアからの中華系難民イエローカードのホク・センは激しい戦闘をかいくぐって必死に生き延びようと画策し、ジェイディーの副官カニヤは争いを止めようと宰相殺しの犯人を追う。

■ 良かった点
・アンダースンとエミコの関係がありきたりのロマンスで終わらなかった点(とは言え中途半端な感もある)
・二転三転するリアルな政治劇?
・終盤のクーデターの迫力ある描写

■ 悪かった点
・世界観を構成する技術や設定についての細かい説明がなく、投げっぱなし
・「ねじまき少女」が機械/整体ハイブリッドなのか純粋に人工生命なのか曖昧かつミスリードするような書き方がされている
・そもそも物語の発端となるンガウの遺伝子情報の件がうやむやと言って良い
・ホク・センが狙う新型ゼンマイが物語との関連性が低い
・日本人の描写が20世紀のステレオタイプから抜け出せていない(ビジネスマンなのに墨絵を描いて、刀を飾っていたり、名前も古臭い)
・せっかくエミコに対抗する同じねじまきのヒロコが対決するのかと思いきや、クーデターに紛れて対決なし

「ねじまき少女」の名前の由来は(自分の見落としでなければ)訳者あとがきを読んでようやく分かりましたよ。そのギクシャクした動きから「ねじまき少女」と呼ばれるとのことでした。
訳の問題でなければ登場したばかりのところでエミコの同僚の女性たちが「ときどきネジを巻いてくれる」という表現があり、「ねじまき」という呼称、そしてそもそもゼンマイでエネルギーを賄っているという世界観なのでアンドロイドもぜんまい仕掛けであるかのように誤解させられます。遺伝子設計によって毛穴が少ないという言及は何度もされるので、そうなると機械と生体のハイブリッドなのか、いや、純生体型アンドロイドなのか、はたまた遺伝子改変によってホモ・サピエンスの後継者として作られたまさに新人類なのかエピローグまで曖昧なままです。
これは同様に遺伝子をいじられて誕生したチェシャ猫に関しても、単なるカムフラージュなのか物理的にも透明になれるのか曖昧な部分があって、エピローグでねじまき少女がどのような種類の疑似人類であるのかということと一緒に明らかになりますが(少なくとも自分にはずっと分かりませんでした)、こういった書き方を意識的にやっているのだとしたら、別に秘密にしたり混乱させたりする必要がない情報をわざと隠蔽する理由が分かりません。最後にその秘密が明らかにされたところでカタルシスを感じるというほどの情報ではないと思います。それよりもずっとモヤモヤして読んでいることで読書体験を損なっていると思います。
というより、もしかして作者は自分で考えた設定を忘れているのでは?とも思えます。エミコをいじめるカンニカも新人類という表記がありながら、あとではまったくそんなことは忘れているようですし、エミコはタイで廃棄処分される予定であったような記述があるのに、雇い主源道から「最後のお給料」をもらっているのも不自然でしょう。
エミコに関しては特に設定が無理矢理な部分が目立ちます。
そもそも禁輸対象でごく限定的な数しか入ってきていない「ねじまき」を白シャツ隊は別としてどうして誰でも知っているのか?特別許可を得て連れてきたのに廃棄の方が安上がりだから捨てていくなど、それくらい事前に分かりそうなものなのに、なぜわざわざタイの気候に適合しないねじまきを連れてきたのか?と思ってしまいます。肌が滑らかになるように毛穴が少ないように遺伝子を設計されているというのもご都合主義的に思えますし、それでちょっと走るとオーバーヒートして死んでしまいかねないというのも違和感を覚えます。猫だって足の裏以外に汗腺をもたないそうではありませんか。しかも終盤近くになって"腕だけは毛穴が多くて"手汗のために手すりを掴み損ねるというとってつけたような設定が突然登場します。
いや、それよりも「ねじまき少女」の名前の由来であるギクシャクした動きも、人間と違うことがひと目で分かるような制限であるというのも、もっとましな差別化があるのではないかと思いますね。肌の色が違うとか。スランみたいに触角があるとか。
正式名称も作品中では明らかにされない「ねじまき」は愛玩用(というかラブドール)なのか秘書用なのかハッキリしない用途で生み出されているような雰囲気設定なので、奇抜さだけ狙っているとしか思えません。

エミコ以外でも、かなりずさんな設定が目につきます。太陽光発電など代替エネルギーも道としてあるはずなのになぜゼンマイ?ですとか、遺伝子操作の失敗で奇病が蔓延しているのに遺伝子組換えを行っているらしい企業が食糧事情を押さえたままであるような設定も違和感があります。この場合、遺伝子操作は規制すべきではないでしょうか?

設定だけでなくストーリーにもずさんに感じる説明不足や首をかしげる部分が多く、例えばホク・センが「糞の王」に売りつけようとしている新型ゼンマイが物語の主軸にほとんど絡んでいない上に、そもそもそんなに凄いものならどうしてアンダースンが一顧だにせず、サンプルも簡単に持ち出せるのか理解不能です。最初からアンダースンが執心していたンガウの遺伝子情報も結局カニヤの行動によって、話の中核に加われなかった感があります。
とにかく多くのエピソードが放りっぱなし、かつ風呂敷を広げすぎで説明不足です。
一貫した主人公は不在でアンダースン、エミコ、ホク・セン、ジェイディー、カニヤらの複数の登場人物の視点で物語られるので、各々自分の行動規範に則って動くだけでそれぞれのエピソードが有機的に連携しているとはとても言えず、正直何を書きたかったのか分かりません。
説明不足の点については他の作品や後続の作品で語るつもりなのかも知れませんが、そういうのは個人的に作家の姿勢として感心しませんね。

また、日本人としては「日本人よりも日本人らしい」という設定のねじまき少女エミコの置かれた地下クラブでの悲惨な境遇について少々不快にも感じました。疑似人間ということにして日本人自体を貶めているように思えます。
パオロ・バチガルピ作品は初めてでしたが、今回なるべく作品や作者について事前に情報を入れないようにして読み始めました。バチカルピなどという聞きなれない名前からタイ人なのかと思っていましたが、最後にアメリカ人であることを知って「はぁーん」と納得してしまいました。
作者は中国で数年間を過ごしているとのことで、中国人の考え方や行動についてはある程度リアルなのかも知れません。けれど、2009年の作品でこれだけ古臭くて歪んだ日本人観を披露しているバチカルピの作家としての力量には疑問を持たずにはおられません。

ということで、この感想を読むのさえも時間の無駄ではないかと思いますが、ここまで読んだ方でこの作品に興味を持ったとしたら、一応読んでみても良いでしょう。僕としては主に「全SFを平らげる」とか「へへん、オレはSF賞を総嘗めにしたこんな作品も読んでるんだぜ(自分です。(笑))」などと思っている方が読むには良いと思います。
(口を極めて非難するほどではないと言いながら身も蓋も無い言い方ですが)

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