バルガス=リョサ「緑の家」まとめと感想

この作品は独特の時系列も場所も登場人物も区切りなく混じり合う文体になっているので、最初混乱します。そのため、感想だけでなく登場人物や舞台をまとめてみました。しかし、ジグソーパズルが次第に解けていく過程を楽しみたいなら、この続きは読まないことをお勧めします。(激しくネタバレもします)
それから、ラテンアメリカの作家の作品ですが、マジック・リアリズムのカテゴリに入る作品ではないので、その点については期待しないようにしましょう。

あらすじ
登場人物
舞台
感想

<<あらすじ>>
■ ピウラのアンセルモの物語
ある日ふらりとピウラの街に現れたハープの名手アンセルモは街の外れに緑色に塗られた娼館を建てる。厳格なガルシーア神父や信心深い女性たちと対立しながらも「緑の家」は大繁盛する。しかし、ある日盲目の少女アントニアを愛してしまった彼は彼女を連れ去り自分の部屋に隠して子供まで設けるが、彼女を失い、緑の家も焼き払われてしまう。その後彼は失意の中で落ちぶれていく。街は40年に渡る歴史の中で次第に発展していき、やがてアンセルモは友情で結ばれた若いバンドのメンバーや成長した娘ラ・チュンガ、不良グループの若者たちに囲まれて娘の新しい「緑の家」で演奏する毎日を送っていた。
そのピウラの街にはかつて事件を起こし、リマの牢獄に送られたリトゥーマが出獄して戻ってきて、「緑の家」で彼が街に連れてきたボニファシアと会うのだった。

■ サンタ・マリーア・デ・ニエバのボニファシアの物語
インディオの娘を強制的にさらい、キリスト教徒に教化している修道院に連れてこられたボニファシアは、成長して密林に戻ることなどできなくなっていたが、ある日攫われてきた自分と同じようなインディオの少女たちを出来心から逃してしまう。そのため、修道院を追われたボニファシアは船頭をしているニエベスとラリータ夫妻のところに身を寄せ、治安警備隊の軍曹と出会い、やがて結ばれる。

■ フシーアとアキリーノのサン・パブロへの旅
重い感染症を患って歩くことすらできないフシーアは、かつての盟友アキリーノに助けられ、サン・パブロへ船で向かいながらブラジルからの脱獄、今は大立者となったレアテギとの商売、そして隠れ家の島で周囲の部族から略奪を繰り返したこと、ラリータやニエベスに逃げられ、死を待つ身になるまでを語り合う。

<<登場人物>>
■ ピウラ
アンセルモ
ある日ロバに乗ってふらりとピウラの町に現れた謎めいた男。ハープの名手。
町の外れに娼館「緑の家」を作るが、盲目の少女アントニアを愛するようになり、彼女を緑の家へさらっていき、娘ラ・チュンガをもうける。
アントニアを失った後は失意から落ちぶれるが、エル・ホーベン等と出会ってからは立ち直り、楽団を結成して酒場などで演奏をする。
老年になって盲目になるが、マンガチュリーアの人々から慕われる。

アントニア
捨て子だったが、キローガ夫妻に拾われる。しかし、夫妻が野盗に襲われた際に舌と目をくり抜かれ、盲目となる。

ラ・チュンギータ(ラ・チュンガ)
アンセルモの娘。やり手で男勝り。新しい緑の家を経営する。

エル・ホーベン・アレハンドロ
アンセルモのバンドのメンバー。アンセルモをお師匠さんと呼び、彼と深い絆で結ばれている。ギター担当で作曲も行う。痩せている。

ボーラス
アンセルモのバンドのメンバー。元トラック運転手。アンセルモをお師匠さんと呼び、彼と深い絆で結ばれている。ドラム担当。体格が良い。

[番長グループ]
ホセフィノ・ローハス
ラ・セルバティカ(ボニファシア)と不倫関係になる。
レオン兄弟
リトゥーマの従兄弟ホセとエル・モノ

ガルシーア神父
非常に厳格で怒りっぽい神父。緑の家を焼き払ったことでアンセルモと因縁の関係になる。
そのためについたあだ名が火刑人。

ペドロ・セバーリョス医師
ピウラに住んでいる。
ラ・チュンガを取り上げ、アントニアを看取った。

フアナ・バウラ
ガジナセーラに住む洗濯女。以前キローガ夫妻のもとで働いていたため、アントニアを引き取る。
アンセルモが落ちぶれた際にはラ・チュンガも引き取った。

アンヘリカ・メルセーデス
アンセルモの経営する緑の家で料理女をしていた。火をつけられた緑の家からラ・チュンガを連れ出す。

キローガ夫妻
ピウラでも指折りの農場主だったが、子供がなく捨て子だったアントニアを引き取る。アントニアを養女にしようとしていたが、野盗に襲われて惨殺される。

■ サンタ・マリーア・デ・ニエバ
ボニファシア/ラ・セルバティカ
おそらくパト・ウアチャーナの生まれで、フムとデルガド伍長の事件の際にレアテギによって伝道所に入れられた緑の目を持つ少女。
シスターたちに教化されるために連れてこられたインディオの少女たちを伝道所から逃したことで、伝道所を追われる。
その後ニエベスとラリータの家に居候していて軍曹(リトゥーマ)と出会い、結婚するが、ホセフィノと不倫関係になり、娼婦となる。

軍曹/リトゥーマ
かつてマンガチュリーアの番長グループで手がつけられないほど悪かったが、治安警備隊に入り、サンタ・マリーア・デ・ニエバに駐屯する軍曹となる。
ピウラに戻ってきた時に事件を起こし、リマで投獄される。
軍曹と表現される時とリトゥーマと表現される時とまるで別人だが、同一人物。

フリオ・レアテギ
実業家。かつてサンタ・マリーア・デ・ニエバの行政官もしていた。裏ではゴムの密売もして

ファビオ・クエスタ
サンタ・マリーア・デ・ニエバのレアテギの後任の行政官
イキートスでホテルの仕事についていた。

[伝道所]
尼僧院長
シスター・アンヘリカ
厳しいがボニファシアと心の底で通じている年老いたシスター。
シスター・パトロシニオ
シスター・グリゼリダ

[治安警備隊員]
アルテミロ・キローガ大尉(フリオ・レアテギ行政官時代)
ロベルト・デルガド伍長(レアテギ行政官時代。ファビオ・クエスタ時代には軍曹)
ウラクサでアグアルナ族のフムたちに袋叩きにされる。
シプリアーノ中尉(ファビオ・クエスタ行政官時代)
その度胸の良さでリトゥーマ軍曹に尊敬されていた。
シプリアーノ中尉の後任の若い中尉
レアギテに命じられてフシーアたちを追って、パンターチャを見つける。
<デブ>(ウアンバチャーノ?)
リトゥーマ軍曹の部下。異常なほど女好き。
<金髪>
リトゥーマ軍曹の部下。
<チビ>
リトゥーマ軍曹の部下。
<クロ>(カルデナス)
リトゥーマ軍曹の部下。

[アグアルナ族]
サンタ・マリーア・デ・ニエバ近くにすむ部族で白人とゴムや革の取引をして比較的白人と馴染んでいるようである。

■ フシーアの島
フシーア
ブラジルから脱獄してペルーへ来た日本人。レアテギと組んで商売を始めるが、不正がバレて逃げ出す。
奥地の島に潜み、ウアンビサ族を率いて周囲の村を略奪し、治安警備隊に追われる身となる。

アキリーノ
フシーアに誘われたことで、惨めな水売りの仕事から抜け出し、船で商売をするようになった。
フシーアに恩義を感じて感染症にかかった彼をサン・パブロまで連れて行く。
フシーアとラリータの長男はアキリーノの名前を取った。

ラリータ
イキートスの出身。最初の夫はフシーア、二番目がアドリアン・ニエベス、三番目が<デブ>ことウアンバチャーノ。
大変美人だったが、フシーアにアマゾンの奥地の島まで連れて行かれ、虐げられていたためニエベスと逃げ出す。

アドリアン・ニエベス
サンタ・マリーア・デ・ニエバの治安警備隊に協力する謎多き船頭。
実はロベルト・デルガド伍長と一緒にウラクサでアグアルナ族に襲われた時に逃げ出して、彷徨っているところをフシーアに助けられ、そのまま軍隊を抜けるが、再びサンタ・マリーア・デ・ニエバで船頭をしている。

パンターチャ
アキリーノに拾われてフシーアの部下になった麻薬中毒の白人男。

[ウアンビサ族]
インディオの中でも嫌われ者。凶暴で好戦的、誇り高く傲慢で他の部族と較べてひどく扱いにくい。
フシーアの部下となって他の部族を襲って略奪を繰り返した。

<<舞台>>
ピウラ
海に近い砂漠の町。
実際に現在の地図を見るとこのような場所は見当たらないが、マンガチュリーア地区、マレコン地区、(多分これも地区の名称と思われる)ガジナセーラ地区がある。

サンタ・マリーア・デ・ニエバ
アマゾン流域にある小さな町。
インディオたちの居住地に近い。

イキートス
三つの舞台のうち、最も内陸の町。

<<感想>>
何よりも空白行で区切られることすらなく、別な時間、場所、登場人物が完全に混在する文体に当惑しました。
複数の話が入り乱れているので読みにくいと感じながらも、途中で収斂し、普通の文体になるのではないかと考えていましたが、ほぼ最後まで同じ調子でした。そのため、いままで読んだ小説の中で最も読みにくいものではありましたが、その割にスラスラと読み進められたのは、途中から無理やり理解することを諦めて流すように読み始めたためでしょうか。
読み終わってみると、この作品は主に三つの物語が主軸となっています。ひとつはピウラの街におけるアンセルモの悲しい半生。もうひとつはサンタ・マリーア・デ・ニエバを舞台にし、主に伝道所(修道院)に連れてこられたインディオの緑の目の少女ボニファシアを廻る物語。このふたつ話の間を縫うように感染症にかかり歩くこともままならなくなったブラジルから脱獄した日本人フシーアと彼をサン・パブロまで送っていくアキリーノの話が挿入されます。
これらの物語は相互に絡み合い、登場人物のボニファシアと軍曹はピウラの街へ移動し、ラリータとニエベスはフシーアの島からサンタ・マリーア・デ・ニエバへと移ります。

タイトルから考えると、この物語の主人公はアンセルモになりそうではありますが、特定の人物が強調されていないためペルーの市井の人々の群像劇と言えるのではないでしょうか。アンセルモの人生は華々しく「緑の家」を経営していた頃からアントニアを愛してしまったことにより急転、ハープのみを生きがいに落ちぶれた人生を過ごしますが、やがてエル・ホーベンらとの出会いから持ち直し、ピウラの人々に愛される存在となります。彼は娘のラ・チュンガの店で演奏している時は幸せそうですが、アントニアを失ってからの喪失感はとても深いもので、何を思って後半の人生を生きたのでしょうか?そして、伝道所に引き取られ元のインディオの生活に戻れなくなってしまったボニファシアは伝道所を追われてから、男たちに翻弄されながら下層の白人女性としての人生を歩むことになります。密林に接した小さなサンタ・マリーア・デ・ニエバの町、そしてピウラという都会へと流れていきながら荒んだ生活を送りながら、彼女の緑色の目はアンセルモが自身の故郷である密林を想いながら「緑の家」を建てたように、決してその美しさを失っていません。二人が同じ地方の出身というのは決して偶然ではないのでしょう。
南米の作家の小説は、理不尽なまでに淡々と過ぎていく長い時間を描く作品が多くありますが、この「緑の家」もペルーという国の40年という年月の間発展中でその素朴で純粋な密林を失っていく過程を多くの人々の人生を通じて描いているゆっくり心に響いてくる作品であったと思います。
個性的な文体に打ち負かされてしまいそうになりますが、時間や空間が入り乱れる文章を破綻なく構成する力量は舌を巻くほどで、これだけでも一読の価値は間違いなくあるでしょう。
(ただ、一点軍曹/リトゥーマは完全に別人としか思えないほどサンタ・マリーア・デ・ニエバとピウラで変わりすぎに思えますが)

 

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