ブレードランナー2049を観て

映画公開の時には見る時間がなかったブレードランナー2049をようやくAmazonビデオで観たので、感想を。

まず思ったのは”長い”ということ。上映時間2時間43分は多分最初のブレードランナーを観てファンになった人でないと、ちょっとつらい長さではなかったでしょうか?
また、お話が観念的過ぎではないでしょうか?しかも、最初から最後までなので、アクションシーンは多少ありますけど起伏が少ないイメージでした。
最初のブレードランナーも観ていないとストーリーも分かりづらいだろうし、興行収入が振るわなかったのも当然な気がします。
個人的にはなかなか良い映画だとは思いましたけど、初代の強烈なインパクトからすると革新的な映画というにはあまりにも無理がありました。

初代のどこが衝撃的だったかというと後のサイバーパンクの方向性を決定づけたのではないかと思われるあの猥雑で無国籍な都市での前半の追跡劇が最も印象的で、次にレプリカントと人間との違いは何かという哲学的な部分もファンを惹きつけたのではないかと思います。
しかし、今回の映画は哲学的な部分が主で、無国籍な都市も多少は出てきますが、あまりフォーカスは当たっていません。
個人的には制作側はその点を読み間違えていないかな、と感じてしまいました。
哲学的な部分が評価されたのだと自分に酔ってしまって、次はもっと高踏的にしてやろうと考えてしまったのではないかと。
ただ、名作の続編のため、初代のあのパンクな雰囲気と哲学的な部分とどちらかあるいは両方共引きずっても、よほどうまくやらなければファンから批判される十字架を背負っているのですから難しいものではあるので仕方ありません。けれど、やるなら中途半端にやらず大幅に前作を越えるか、まったく違う方向性に行くかしなければならなかったでしょう。
あの雑多な文化が入り混じったブレードランナーの世界は革新的と言って良いか分かりませんが、少なくとも飛び抜けた実用新案のようなところがありましたから、前作を越えるにはよほど傑出したアイディアがないと無理があったでしょう。そのため、哲学的な部分に持っていったのではないかといううがった見方もできます。
その結果ひとつの映画としてはまあまあ良いものにはなったと思いますが、初代とは別物のような印象も拭えません。
それに、まあまあ良いとは言っても、(よほど自信があったのか)明らかにさらなる続編を意識した作りがされていて、もし今回の作品で打ち止めになってしまったら陳腐に感じられる奇妙な設定、場面が多々ありました。
特にレプリカントたちが反乱を計画している点については、どこかで観たというよりすでに使い古されている設定なので、もし続編でこのまま普通に反乱を起こしてしまったら凡作と言うより三流映画の域をでなくなってしまうのではないでしょうか?
辛辣に言えば今回のストーリーは名作の流れを汲んだ堂々たる続編というより初代ブレードランナーのちょっとした後日談程度の話です。
これ以上長くできなかったでしょうから分けざるを得なかったんでしょうけど、ぶっちゃけ反乱、革命まで踏み込まないならあってもなくても良い話。そして、もしレプリカントたちが自分たちの人権を求めて反乱を起こせば、ターミネーターや猿の惑星で充分間に合っているよくある話の凡作に陥ってしまうというジレンマを個人的には感じます。
まあ、リドリー・スコットが製作総指揮ですから、そんな単純なことはないのでしょうけど、今作を見る限りはそう思えてなりません。
他にも細かいことを言えば、AIのジョイはその存在に必然性があるのか?とか、ウォレスはなぜ新興宗教の教祖みたいなのか?とか、革命を未然に防いだ!と豪語する割にはこじんまりした組織だなあ、などとツッコミどころが満載ですが、とりあえずジョイは可愛かったな、という感想で終わりたいと思います。(笑)

いや、もうひとつ。
前作はあの無国籍都市のイメージから原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」とは別物のような作品になっていましたが、ゴミゴミした街のシーンが少なかった分冷たく硬質なイメージの原作に近い気がしました。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です