レッド・ドラゴンを読んで

トマス・ハリスの「レッド・ドラゴン」(新訳版)を読みましたのでその感想を書きたいと思います。
ただし、この作品を読もうと思っている人は(ネタバレはしない程度に書いたつもりですが)以下の私の感想や他のレビューは読まないことを強くお勧めします。

ーーー未読の方、事前の警告にも関わらず読み始めましたね。ならば、仕方ありません。後悔するかと思いますが、続きをお読みください。(笑)

私はこの作品は凄いどんでん返しがあると聞いて読み始めました。
トマス・ハリスの作品は読んだことがなかったのと、どのようなどんでん返しがあるのか興味を持って読もうと思ったのです。
とはいえ、実は私、この作品の映画を以前に見ています。
「レッド・ドラゴン」は過去二度映画化されているらしいですが、その第二回目の映画を友達に誘われて映画館で見ました。
しかし、原作を読み始める前まったくストーリーを思いだせないでいましたし、読み始めてからも少しも思いだせませんでした。そもそも映画自体も筋が全然分からないなあ、と思って見ていたので思いだせなくても当然かも知れません。
ただ、最後のシーンだけはある点について(悪い意味で)「いくらなんでも、しつこい!」と思ったことだけは覚えていました。そのため、物語がその最後のシーンにどう繋がるのかという興味と共に、映画が原作通りに作られていた場合どんでん返しが楽しめるかどうかはとても心配でした。
そしてその結果、、、見事に途中でオチに気づいてしまい、残念ながら本作品を充分に楽しむことができませんでした。そのため作品の評価としては本来正当なものにならないかと思いますので、参考程度に読んでください。

あらすじをざっと紹介します。
アトランタとバーミングハムに住む二つの家族が、それぞれ満月の夜に惨殺されるという異常犯罪が発生。次の満月に第三の犯罪が行われる可能性があるため、驚異的な視覚的記憶と、純粋な共感能力、投影能力を併せ持ち、過去いくつもの異常な事件を解決してきたFBIの元捜査官ウィル・グレアムがリタイアしていた海辺の家から呼び戻されます。彼はハンニバル・レクター博士の逮捕の際に心身ともに傷ついて二度と捜査に戻るつもりがなかったにも関わらず「次の事件を未然に防ぐ」ために捜査に参加します。
しかし、捜査は難航。行き詰ったグレアムはレクター博士と会う必要があると感じ、精神障害犯罪者病院に拘置されている博士の元を訪れる。その時ゴシップ紙タトラーの記者に写真を撮られ、その記事に刺激された犯人がレクター博士と連絡を取り始める。
ウィリアム・ブレイクが黙示録をモチーフに描いた「赤き竜と日をまとう女」に魅入られた犯人。彼は赤き竜と自らを同一視し、「変身」を果たすために次の犯行の準備を始めるが、彼自身予期しなかった出来事に翻弄され、事件は意外な展開を見せていく。
という感じです。
途中から犯人視点の描写が入りますし、全体として推理ものというよりサイコサスペンスで、多少グロい描写もありますが、後続の作品ほどグロくはないと思います。
この作品は「羊たちの沈黙」でつとに有名になったハンニバル・レクター博士が登場するシリーズ最初の作品ですが、今回レクター博士はどちらかというと脇役ポジション。あまり華々しい活躍はしませんが、その存在感はすでに充分なものではありました。異常犯罪の捜査の過程で心が傷つけられていくグレアムを追い込むという役どころで、そこはかとない恐ろしさを醸し出していると言えるでしょう。犯人とグレアム、そしてレクター博士という奇妙な構図がこの物語を独特なものにしています。ただし、あくまで犯人対グレアムが物語の中心となります。レクター博士目当てだと多少がっかりするかも知れません。

さて、ここから本格的な自分の感想ですが、最初の方で書いたとおり映画のストーリーをまったく覚えていないながら、最後のシーンだけ覚えていたために、この作品の最大の山場であるどんでん返しをまったく楽しめませんでした。とはいえ、それは私自身の問題だけとも言えないことは後述したいと思います。

この作品は上下巻に分かれています。上巻は事件の手がかりをつかもうとするグレアムの行動が中心となりますが、話の進展が遅く感じられて少々退屈です。下巻は犯人の葛藤と共に意外な流れからラストのどんでん返しへと続くのでページを繰る手が速くなります。
ただ、上巻の退屈さは話の流れが遅いだけでなく、主に視点が心を病んだ主人公グレアムを中心に進むため、気が滅入ってしまうという点と綿密な取材の成果であろう非常にリアルで細かい捜査の手順の説明が逆にスピード感を減じてしまっていると感じます。それからこれも自分だけかも知れませんが、アメリカに住む人なら理解できても日本人にはピンとこない登場人物たちのやり取りが妙に目立ちます。あまり他の小説で感じたことがないくらいに多いような気がします。もちろん、これは訳の問題である可能性が高いとは思います。
ただ、それとは別に文章全体に関して、なんだかこの作品には感情移入し切れない部分があり、それが作者の筆力に起因するのではないかと感じてしまいます。
グレアムが病んでいるのは分かります。しかし、一方の主役である犯人の身体的欠陥や厳格な保護者に育てられた異常な環境での幼少期が犯人の異常さを生み出したという描写に関してなんだか共感しづらい。もちろん、この作品以降サイコホラー/サスペンスが流行したとあとがきにあったので、このような設定に関しては先駆的作品だったのでしょう。現代に置いてはそれら派生作品で同様の設定が使い古されたために慣れてしまっただろう自分にとっては少々使い古された手法だと感じてしまいました。これは作者のせいではありません。でも、それを割り引いて考えても描写がなんだかもう一つ踏み込みが足りない気がしてしまうのです。
このことはグレアムに関しても言えます。「異能」とも言うべき力を持って生まれてしまったために、彼は絶え間なく傷つき苦しまねばならないのですが、頭ではその意味が理解できていても今ひとつ共感するまでには至らないのですよね。特に最後にグレアムが陥る孤独については、その孤独に充分にフォーカスが当たっているとは言えず、文芸的な意味での感動も得られません。
それから、本作品の最大のポイントであるどんでん返しについても、犯人の人格の分裂という伏線が引かれた上であのトリックを用いるのは素晴らしいとは思いますが、ここまで引っ張ってこんなに簡単に?と思ってしまう犯人の行動を(紙の本の最大の欠点ですが)エピローグを書くには多すぎるページを余らせた箇所で展開したら、多くの読者がどんでん返しがあるな、と気づくのではないでしょうか?
全体として物語の構成はとても見事です。なかなか真似のできないものだとは思います。
しかし、細かいことを言うと、グレアムがレクター博士に会いに行く必然性が低いように感じるとか、犯人特定に至ったきっかけはグレアムの特異能力とは関係ないのでは?などと言った点も気になるということもありますし、構成がいくら素晴らしくても筆力が伴わないと感動できないものだな、という事実を認識させられてしまった気がします。
小説はそれを読んでいる時の精神状態も多少影響することは否めないので、私の精神状態がたまたまこの作品に同調できる状態ではなかったのかも知れません。私はどちらかというと元々グロいのが好きではないのでその点も差し引いて考えなければなりませんが、この作品に関しておすすめ度を書くとしたら「中」とか星五つ中三つくらいになってしまいます。
まあ、でもとりあえず、この作品は先入観のないまっさらな状態で、「どんでん返し」があること自体を知らずに読んでみないとその真価は計れないのではないでしょうか?

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